伊東 秀一

12/07 空の名前

私がニュースキャスター駆け出しだった20代半ば。
気象予報士さんもいなかった当時、天気予報は私の担当でした。
当時、気象台や気象協会の方と電話で打ち合わせながら、
その日のコメントを固めていく毎日。

せめて雲の種類だけでも覚えてみようと、日々空を見上げるうちに
書店で見つけた本が『空の名前』。中身はその名の通り、空の写真集です。
雲の呼び名から、その雲が生まれる過程、季節や気象条件と雲の関係など、
何時間見ていて(読んでいて)も飽きることのない1冊でした。
              ✤
その名残なのか、今も外を歩いていると何とはなしに空や雲に向けて
携帯カメラのシャッターを切ることがあります。
この空の名前って何だったっけ?とか思いつつ。


【空を撮ったのか?紅葉を撮ったのか?本人も不明】

上を見ながら歩くのは、なかなか気分がいいものです。
たまに落ちているお金を見逃したりしますが・・・。

12/06 5度目の冬に

昼間の集落を歩いても、表に人の姿はない。
勤めのある人たちは仕事に出ている時間である。
遠くの畑では、花の時季が終わりかけた菊の茂みを
刈り取るお年寄りの姿が見えた。


【白馬村堀之内の災害復興住宅】

復興住宅の呼び鈴を押し取材の旨を伝えると、
留守番のお年寄りがゆっくりと顔を見せてくれた。

「地震の時はどうなるかと思いましたが、
 おかげさまで暖かい家に入ることができた。
 今はすっかり安心して過ごしてます」(80代・女性)

「私らはこうして住んどるけど、若い者たちゃあ
 おそらく戻らんでしょう。仕方のないことですが」
                 (80代・男性)

30棟余りが倒壊した白馬村堀之内の集落。
被災家屋は修復・新築され、4年前の地震の跡は見られない。
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その堀之内から車で北へ5分ほどの距離。白馬村飯森。
かつてプレハブ棟の仮設住宅が並んでいた場所は
きれいに整地され、元の村営グラウンドに戻っていた。
ここにも地震の名残はすっかりなくなっていた。
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「仮設暮らしが終わって、最近ようやく
 生活しているという気持が出てきました」

人口が減る集落の中で、永住可能な復興住宅へ
移った人たちの暮らしは、穏やかなものに見えた。
神城断層地震から、5度目の冬である。


【堀之内に立つ地蔵尊。後ろは雪の北アルプス】       

 

12/05 馬と人の話③完

 ちょっと間が空いてしまいましたが、信濃町にある
C.W.ニコルさんの森を訪ねた話、その最終回です。




【森は財団法人の管理。許可を得て入山・撮影しています】

 馬と一緒に森や山を歩く。想像するだけでもワクワク感が
あふれてきますが、ニコルさんいわく、
「馬は森が苦手な生き物なんです」とのこと。
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 馬はもともと草原の動物なので広々とした場所を好みます。
それは自身の身を守るため、外敵の接近をより早く察知する意味でも
見通しの良い環境で暮らすのだそうです。
ですから、木立や茂みで視界が遮られる森の中は、
近付く外敵を見つけにくいため、馬は嫌うのだとか。驚きでした。
逆に、森の中で馬に寄り添いながら馬を守るのも、
「パートナー」である人間の役目。
その信頼が、人と馬の良い関係を育ててきたのかもしれません。
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 馬たちと晩秋の森を歩きながら見つけた森の景色も絶景。
その一部を掲載します。

 

12/03 師走を流離(さすら)う

流離と書いて「さすら(う)」と読ませる。
先日、動画サイトのドラマを覗いていて見つけた、ちょっと洒落た読み方。
もちろん“当て読み・当て字”ではあるのだが、
「流離」自体にも本来「流浪」とか「放浪」の意味がある。


【長野市・善光寺表参道にて/午後8時すぎ】

先月末の長野えびす講の前後から、長野市の善光寺門前では
街路樹のイルミネーションが灯り始めた。
善光寺に突き当たる上り坂という場所柄に加え、
左右の商店も夜には店仕舞いするため、昼間の賑わいとは一転、
もともと夜間の人通りはさほど多い場所ではない。
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それでもイルミネーションが始まって以降、
歩道を歩く人だけでなく、参道沿いを流すように走る車の数も増えた。
かくいう私も灯りを見上げながら歩く速度が遅くなる。
途中でばったり知人のご夫婦と顔を合わせ
「お、観に来ましたね」「いや、お宅も」
と会話がはずむ。
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暫くかかって坂道を登り切り、またとぼとぼ下ってくると、
かのご夫婦が今度は下から登って来て再会。
「あら、まだいらしたの」「はい、まだ当分ふらふら出来そうです」
             ✤
天気晴れ。気温7度。門前を流離(さすら)って、
いつもより少々帰宅が遅くなった師走初旬の夜。 

11/08 馬と人の話②

生まれて初めて馬に触れ、
生まれて初めて馬の背に乗りました。
実際に乗ってみると、傍から見る以上に高いんです。


【乗馬体験中のツアー参加者/信濃町・5日】

「馬と一緒に森を歩く=マウンテンサファリ」体験ツアーの取材先で
私も乗馬を体験。これは役得でした。
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馬は人間の気持や感情を読み取れる賢い動物だといいます。
自然に触れる旅=エコツーリズムの新たなスタイルに、
その馬を活用できれば、というのが仕掛け人である
C.W.ニコルさん(信濃町在住・作家)の発想です。
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8歳の頃から馬が日常生活の中にいたというニコルさん。
彼が来日した昭和37(1962)年には、日本の田舎にも
まだたくさんの馬たちが暮らしていたと言います。
当時は日本人の暮らしの中にも馬がいたんですね。


【茶々丸(左)と雪丸(右)/信濃町・6日】

荷物を馬に背負ってもらうことで、人は身軽に野山を歩け、
車で旅するよりも、森をずっと身近に感じられる。
そんなスタイルの森歩きをニコルさんは提案しています。
            ✤
馬が隣りにいるだけで、何故だか不思議な安心感がある。
あれは何だったのかなあ?と思い返しながら
この原稿を書いています。
続きはまた次回に・・・・・・。